TopPage a0_0bit_tc UEC 77会 宮古 被災
2011年(平成23年)3月11日 宮古市は被災した


  押し寄せた津波の高さは 15m超と言う。漁港のある鍬ケ崎は背後を山で囲まれていたこともあり全てが壊滅した。
閉伊川の河口は両岸共 5mの岸壁で囲まれ、市街地とを隔離しているが、全く意味を成さなかった。
宮古市役所は2階まで浸水し、1階の戸籍課は完全に水没した。
JR山田線の鉄橋は破壊されて流され、今も無い。


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押し寄せた津波は河口全体を満水にし、
溢れ出した海水は市街地に漁船もろとも流れた。
この時、私は経産省内のTVに集まる仲間の最前列にいた。
言葉を失った。頭中で色んなものがぐるぐる回っていた。

宮古大橋から上流を臨む

手前のピンク色の旧宮古橋は通行止めで改修中であった。
その向こうの JR山田線の鉄橋は無くなり、橋げたのみが残る。



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堤防を越えた海水が、やがて住宅を押し流して行く。
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道路を挟んで、河口側(右側)の住宅は無くなった。
空き地が畑になると、これは50年前の景色に近い。

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地域全体が水没している。

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